ゆーたん@東大卒のセミリタイア物語♪

米国株(アメリカ株)中心の高配当株式投資で経済的自由・セミリタイア(FIRE)を目指す、一人の女性の物語♪

セミリタイア・ライフスタイル・価値観

「働かないことは悪いこと」そんな風潮が高まりそうで怖い…

投稿日:

ゆーたんです♪

今日は京浜東北線でのダイヤ乱れを機に、電車が首都圏で大きく遅延、私も少なからず影響を受けました。日本は人口減少が進んでいますが、東京への人口集中は進む一方で、その人口は1,395万人(2019年12月現在)となっています。今年中には1,400万人を超えそうな勢いです。

1995年の国勢調査における東京都の人口は1,177万人でしたから、25年弱で200万人以上人口が増えていることになりますね。「人口減少すれば、満員電車もなくなるのでは?」と思いましたが、そんな光景は都心部においては当分みられそうにありません💦

満員電車の中に揺られながら、私は「そもそもオフィスに毎朝決まった時間に来て、仕事をする必要性がある人はどのくらいいるんだろう?」「こんなつらい思いしてまで働かなくちゃいけないのかな?」、そんなことを考えていたら、あっという間に時間が過ぎてしまいました。今日は「働くこと」について書いてみますね。

「働かないことは悪いこと?」

Work_image

今日では、働き方改革の影響もあって、「残業や長く働くこと」を美徳とする風潮はだいぶ薄れてきたように思います。その一方で、個人的には、まだまだ日本においては、「働くこと」は正しいことで、「働けるにもかかわらず働かないこと」を悪とみなす風潮は根強いように感じています。

なるべく、自分でも気を付けているのですが、ついつい「働きたくないなあ…」なんていう本音をぽろっと吐いてしまうことがあります。そんなときには、えてしてお叱りの言葉が、親・先生・知人・同僚等から容赦なく飛んできます。

だいたい、その時の反応はきまって「働けるのに働かないなんてありえない」「働かないでどうやって生きていくの」、あげくの果てには「働くのは国民の義務」といった具合です。



「働かないこと」は憲法違反!?

先ほどの「働くのは国民の義務」という言葉についてですが、日本国憲法には、勤労の義務が記されています。

第二十七条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。

つまり、この条文をそのまま読むと、働かないことは憲法に違反することになりますね。「勤労の義務」をうたう国は、先進国ではあまり例がありません。

そして、軽犯罪法には以下の条文があります。

第一条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。

四 生計の途がないのに、働く能力がありながら職業に就く意思を有せず、且つ、一定の住居を持たない者で諸方をうろついたもの

つまり、働かずにうろついていると、拘留または科料といった刑罰を科されます。これは刑事施設に入れられたり、罰金を科されたりということです。

ちょっと古い記事ですが、毎日新聞に軽犯罪法に関する特集記事がありました。1条4号違反で、2007年に奈良県の男性が逮捕されているようですね(求人情報誌があったということで無罪になったようですが…)

もっとも、この条文を読む限りにおいては、犯罪が成立するためには、「生計の途がない」「働けるのに働く意思がない」「住居がない」「諸方をうろつく」という四条件が成り立つ必要があると解されるはずです。

そのため、配当金収入や不動産収入などで生計を立てられる見込みがあれば、働かなくても法律違反にはならないかと思います(憲法違反となる可能性は捨てきれませんが💦)。



時代は大きく変わりつつある

高度経済成長のように、右肩上がりで経済が成長していた社会であれば、「一生懸命仕事に取り組む→成果が出る→給料が上がる→仕事へのやる気が向上する」という好循環が生まれていましたし、そうした社会においては「勤労の義務」という言葉も前向きにとらえることができたのかもしれません。

しかし、そんな時代はとうに過ぎ去りました。今日の私たちは、一部の「超」優秀な人を除けば、いくら働いても給料はなかなか上がらず、税金も上がり、生活は苦しい。

それでいて、急速な少子高齢化から社会保障制度への信頼が揺らいでいて、老後の不安からいつまでも働かなければならない…今の日本はそんな悪循環に陥っているように思います。

こうした経済状況のなかで、いまだに「勤労の義務」が掲げられていることには、個人的には息苦しさを感じていて、「働かなければならない」「働かなければ生きていけない」という一種の強迫観念を植え付けているように思います。

人生100年時代というからには、いったん働くことから離れてリフレッシュしたいなとも思ったりもするのですが、履歴の空白期間が長いと、なかなか再就職が難しかったりするなど、一度レールを外れてしまうと復帰が難しくなってしまうので、結局のところ働き続けざるを得ないんですよね…💦

あとがき

人々が働くことによって社会は成り立っているわけですから、誰もが働かなくなれば社会は成り立たなくなってしまいます。その意味で、働くことはとても大切なことです。

しかし、同じ「働くこと」であっても、「お金のためにいやいや働かなければならない」人と、「生きがいや自己実現のために働く」人、どちらが理想的かといえば言うまでもないでしょう。「お金のために働くことを強制される」人が増えていくなかでは、明るい未来は望むべくもありません。

以前、記事にも書きましたが、私は「どうしても働きたくない」というよりは、「働かなくても生活ができるという経済的安定」「いつでも好きなことで働ける自由」が欲しくて、そのための手段としてセミリタイアを目指しています。

個人的に恐れているのは、社会保障給付が今後増えていき、働く人々もますます増えていくことが予想されるなかで、「働かない人」「働けない人」を「悪」とみなすような風潮・社会になりやしないかということです。もう少し社会が豊かでゆとりがあればよいのですが…💦

20年後になれば、おそらく私は少なくとも雇われる形では働いていないと思いますが…そうですね。少しでも多くの人が豊かな人生をおくることができるように尽力していきたいなとは思っています✨

この記事をシェアする♪

-セミリタイア・ライフスタイル・価値観

Copyright© ゆーたん@東大卒のセミリタイア物語♪ , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.